音楽制作の現場に電子機器が導入された当初から、音量の増幅や録音以外にもさまざまなことが試されていました。電気回路による音の変換は、残響(最初の音から0.1秒以内に聞こえる反射音)や、エコー(より長い、フレーズ全体のほぼ正確な繰り返し=やまびこ効果)などの自然現象を再現することも可能にしたのです。山びこ効果に魅了された山岳の古代人が神話を作り出したように、20世紀のエンジニアが生んだエコーサウンドからは星の数ほどの名曲が生まれました。
エコーを利用した試行錯誤は、1950年代の不安定な社会情勢の中で急速に広まっていったロックンロールサウンドの大事な要素でした。人類の宇宙進出が現実的になってきたこの時代、エコーがふんだんにかかったボーカルやギターによって、音楽にもスペ-シーな響きがもたらされたといえるでしょう。
今日、エコーといえば一般的にテープを使った機器を指し、エフェクト効果は類似していても、より現代的なエフェクターや VST はディレイと呼ばれます。傾向としてはエコーのほうが音の減衰(ディケイ)が早く、かつ繰り返しの間隔が短かいので、より本来の山びこ効果に近いといえるかもしれません。
技術の進歩は、より長い間隔のリピートや、音が減衰ではなく増幅する自己発振のような超自然的な音を作ることも可能にしました(例:Earthquaker Devices Avalanche Run)。
テープを使ったエコーの利用は、自然現象の再現にとどまらず、リピート音を引き伸ばしたり変化させたりすることで生まれる効果や陶酔感の探求への道を拓きました。ローランド(Roland)の Space Echo RE-201 は歴史ある名器ですが、どちらかというとテープエコー最初期に生まれたサン・スタジオのスラップバックエコーよりも、今日使われているディレイペダルに近い存在です。この事実は、当時エコーがいかに目まぐるしく進化していったかを象徴しているでしょう。
エコーの誕生
最初のエコーエフェクトは、磁気テープを利用したものでした。まずはこの磁気テープを切ってつなぎ合わせ、輪っかを作ります。その輪っかをオープンリールと呼ばれる機械に通し、ギターやボーカルをテープに録音しながら、同時に再生します。
元の音とリピート音との間隔は、使用するテープの輪っかの長さ、および「録音」ヘッドと「再生」ヘッドをどう配置するかで決まります。これらを変化させることで、さまざまな長さや回数のエコーを作り出すことができます。
早い段階でエコーの可能性に気がついたのが、エレキギターおよびレコーディングのパイオニア、レス・ポールでした。レスは、エコーに使う機器を自由にコントロールするために複数のマルチトラック録音機器を接続し、楽曲のすべてのパートを重ねて録音していきました。エコーをフルに活用した彼のギター重ね録り技術は、フルバンドを必要としない楽曲制作を可能にしました。
レス・ポールが手探りでこの技術を追求していたころ、ヨーロッパでもテープエコーを用いた楽曲制作についての研究が進んでいました。ピエール・アンリ(Pierre Henry)は、カールハインツ・シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen)や BBC レディオフォニック・ワークショップと協力し、サウンドコラージュによるクラシック音楽、ミュジーク・コンクレートというジャンルを作り上げました。これはテープ録音の技術を駆使したもので、ここから独自の音楽が発展していきます。
ロックンロールにおけるエコー
メンフィスのサン・スタジオ(Sun Studio)が1950年代に発表した金字塔的な作品群では、エコー効果がこれまでにない使われ方をしています。同スタジオのチーフプロデューサー兼エンジニアのサム・フィリップスは、2台のテープ機器を利用することで、後に彼のトレードマークとなるエコー効果を編みだしました。
スラップバックエコーと呼ばれるこのエフェクトの原理は、1台目で元々の音を録音、再生し、2台目に送られた信号にリバーブなどのエフェクトを加えるというものです。エコーの長さはテープの再生スピードによって変化します。そしてマスターテープにはエフェクト音と元の音がミックスされたサウンドが録音されるようになっていました。この象徴的なサウンドへのオマージュとして、Keeley Memphis Sunというペダルも作られています。
独立型のエコーマシンでもっとも古い部類に入るのが「EchoSonic」です。スタジオ機材を組み合わせて作られた初期のテープエコーシステムから、1台で完結するテープエコーマシンが生まれるまでの中間種的な存在がこのアンプです。スプロやフェンダーがアンプにトレモロやリバーブを組み込んでいたのと同様に、EchoSonic には録音と再生機能を持つテープマシンが直接搭載されていました。
エルヴィスのオリジナルバンドメンバーであるギタリスト、スコティ・ムーア(Scotty Moore)は、サン・スタジオで録音されたエルヴィスの音源でこのエフェクトを使用しています。
スペ-シーサウンドの時代
1960年代にはオールインワンのエコーマシンがいくつか製作されています。これらの機器の基本的な構成は、テープを無限にループさせる1つのリールと、リピートの数を決める複数の再生ヘッド、そして録音ヘッドです。
テープの再生スピードやヘッドの位置は調整可能で、さまざまな長さやリピート回数のエコーエフェクトを作ることが可能でした。
エコーマシンによってもその性質やポテンシャルは大きく異なります。70年代に人気を博したMaestro Echoplex EP-3は、独特の温かみを持つプリアンプと、リピートするディケイが高い評価を受けていました。
このエコープレックスで幻想的な雰囲気を作るのを好んでいたのがジミー・ペイジで、レッド・ツェッペリンの「Whole Lotta Love」中盤のフリーフォームなブレイクダウンでの陶酔的なプレイはその好例です。
70年代でもう一つ有名なエコーマシンがRoland Space Echo RE-201です。テープのスピードを調整できるのが特徴でした。レゲエ界の伝説的プロデューサー、リー・ペリー(Lee Perry)やキング・タビー(King Tubby)らはレゲエをスペ-シーに発展させ、そこからダブレゲエが派生しますが、このジャンルの誕生にはスペースエコーが大きな役割を果たしています。
レゲエの名曲からリズム、ベースライン、ボーカルなどのフレーズをサンプリングし、印象的なドラムのブレイクやエフェクト、そしてスペースエコーから生まれる壮大なサウンドと組み合わせることで、レゲエプロデューサーたちはドープでサイケデリックなサウンドスケープを描きました。
1970年代の終わり頃には、初期ロックンロールとヨーロッパの技術が融合し、テープマシンによるエコーエフェクトはフリッパートロニクス(Frippertronics)という一つの結論に至ります。キング・クリムゾンのリーダーであるロバート・フリップ(Robert Fripp)が、プロデューサーとしても名高いアンビエントミュージックのパイオニア、ブライアン・イーノ(Brian Eno)と共に開発したこのサウンドシステムは、エコーよりはループといったほうが適切なくらい、とても長いフレーズを繰り返すことができました。
仕組みは難しくありません。1本のテープが1台目の送り出しリールから2台目の巻き取りリールに流れることで、1台目のテープが2台目で再生されます。2台目で再生されたテープは1台目に再び戻るので、演奏中の音がミックスされながら再生されます。
これが、当時としては画期的な長さのディレイタイムを実現したシステムでした。このサウンドはとても革新的でしたが、それから数十年を経た今ではより長いディレイタイムを可能にするデジタルディレイやループペダルの登場により、誰でも簡単に実現できるようになりました。しかしデジタルディレイよりも昔ながらのエコーサウンドにこだわりたいという人は今でも多く存在します。そんな人のために、市場にはテープエコーのサウンドを手に入れる方法も豊富に用意されています。
ビンテージ&ブティック テープエコーマシン