あまり知られていないジミ・ヘンドリックスが使用していたギター達

ギター弾きの殿堂で ジミ・ヘンドリックスの上に来る人は誰も存在しません。

1942年の11月27日にワシントン州のシアトルでJohnny Allen Hendrixは生まれました。ジミは後に何億人もの人の意識を吹き飛ばすVoodoo Childに生まれ変わります。

彼の象徴となったストラトキャスターをかき鳴らし、自然界の支配者となり人々の心を開きながらPower of Loveやロックンロールの危険さを世界に示しました。他のどのギターリストよりもストラトをお守りの様に扱い、ストラトが特別なシンボルとしての物になる手助けをしました。

しかしこの左利きのStone-Freeは実際には... ストラト以外の幾つものギターを使用していました。彼は27歳の時に他界しましたが、彼が雇われミュージシャンの時から世界的に有名になるまでの間に数々の種類のギターが彼のコレクションの中に有りました。

太陽の周りを旅している彼の75周年を記念して、彼のカッコ良くも”一番”忘れられているヘンドリックスギター達に焦点を当ててみました。

1958/59 Danelectro Shorthorn 3012, 通称 Betty Jean

ジミ・ヘンドリックスの最初期のキャリアでは、彼はシングルピックアップでハードテイルのダンエレクトロ、ショートホーンを弾く事で知られていました。彼のギターのリストから見るとキャラクター的には一番ズレています。歴史上の記録としては正しく残っているのですが、彼が有名になる前のギター達と同様、このダンエレクトロも幾つかのミステリーが残っています。

ジミヘンと彼のダンエレクトロ

ヘンドリックスが使った全く同じモデルに対しての議論は何年も行なわれています。”一番信用されている”と言われる情報源でもこれは1956 Danelectro U-1だと言われる事が有ります。しかしこの年代を考えるとこれは、ブラス色(真鍮)、通称"bronze(ブロンズ)"の1958 Danelectro Shorthorn 3012と言う事になると思います。これは通常のモデルで"3012"はブラス”の色を示しており、"3011"はあの有名な”タキシード"の黒いモデルを示しています。

殆どの記述からすると、ヘンドリックスは1960年にBirdland Clubのステージから盗難された一番最初のギター、SuproのOzarkの後にダンエレクトロを購入しています。この時期にヘンドリックスはBetty Jean Morgan(後にプロポーズするも失敗に終わる)という若い女性と交際していましたが、他の腕利きのブルースミュージシャン同様女性のハートをゲットする事が出来ず、彼女の名前をギターに名付けました。

若いうちに落ち着こうとも試しましたが、若かった頃のジミは時間を持て余してブラブラし、車の窃盗で警察の世話になり最終的にはBetty Jeanとの関係も疎遠になりました。刑務所に行く代わりに彼は軍隊へ入隊を希望して、ケンタッキー州のFort Campbellの101st Airborne部隊に配属されました。

James Hendrixと彼のダンエレクトロ

Betty Jeanのお母さんの家に置きっぱなしにしておいたので、最初の頃はダンエレクトロは彼と一緒では有りませんでした。ジミはKay/Ekoのギターを代わりに弾いていましたが、最終的に彼のお父さんがジミの為にギターを取りに行って彼に送りました。後にそのShorthornが彼の軍隊自体のメインギターとなります。Billy Coxとの初めてのジャムや退役後の初期のライブ等で使用していました。

軍隊からの名誉除隊の際、再度Betty Jean(ギター)と離ればなれになってしまいます。すでに同僚に手放してしまっていた為です。しかしギターを取り返す必要が有った為、後に基地に潜り込みます。ヘンドリックスは後にこう発言しています。”あいつを捜し出して、そのギターを取り戻さないといけないんだって彼に言ったんだ”

Hound Dog Taylorやこの年代の他の貧乏なミュージシャンと同様、ジミはギターを大切にする様なギターオーナーでは有りませんでした(ギターを燃やした男として有名ですからね)。ヘンドリックスは彼の大事なギターをライブの前に質に入れて、他のギターを借りてライブをやりその後にギターを買い戻すという事を度々行なっていました(お金を得る1つの方法ですが、胡散臭いプロモーターも居るので必ずしも上手く行く事はないですが)。

彼は最終的にBetty Jeanをトレードに出してしまい、IbanezのRhythm Makerをテネシー州、ClarksvillのCollins Music Storeで手に入れます。しかし結局、支払いが出来なくなりIbanezは返却となり、ゆくゆく彼の次のメインギターとなるEpiphoneのWhilshireを手に入れました。

その後Betty Jeanは売りに出る事は無かったのですが、もし今でも"Betty Jean"がギターに刻まれていれば、簡単に識別出来るかもしれません。

Fender Offsets

ストラトキャスターやヘンドリックスの熱狂的なファンはこのニュースに驚くかもしれませんが、ジミ・ヘンドリックスはoffsetギター達を使っていました。そうです、有名になる前も後もです。ジミ・ヘンドリックスはフェンダーの定番品じゃない物にも本物の愛情を注いでいました。

Duo-Sonics

ジミは最初のフェンダーを1964年に入手します。フェンダーのDuo-Sonicです。このギターはブロンドフィニッシュでローズウッドの指板の物で、黒いピッックアップが二つと白いピックガードです。

これが彼のキャリアの中でのシグネチャーサウンドになるシングルコイルピックアップとの最初の出会いです。64年の9ヶ月に渡るIsley Brothersとの仕事の間はこのDuo-Sonicがメインギターとなっていました。この年の春、ヘンドリックスはIsleyのバンドの仕事を失う前に一週間ほど消えてしまうのですが、このDuo-Sonicは”盗まれた”事になっています(このパターン分かりますよね)。

Curtis Knightが66年に貸したサンバーストの
Duo-Sonicを弾いているヘンドリックス(写真はJimi Hendrix Gearから)

バンドリーダーのCurtis Knightが64年製のサンバーストのDuo-Sonicを1965年にヘンドリックスにプレゼントしているので、ヘンドリックスはDuo-Sonicを所有していなかった時間はそんなに長くはありませんでした。このサンバーストのモデルはこの年の夏のあのミステリアスな運命に出会うまで、雇われ時代の彼の武器として活躍しました。

Jeff"Skunk"Baxter (Steely Dan、もっと重要なのがManny's Music)はヘンドリックスがサンバーストのDuo-Sonicを彼の一番最初のストラトキャスターを購入する際のトレードの一部としたと主張しています。ヘンドリックスはあのギターをCurtis Knightに返却したと推測する人もいましたが、現状ではJeff Baxterの話が正しいと思われる事が多いです。

ギターが元々持っていた運命か、このDuo-Sonic達は最終的に幸せな人生を迎えた事になります。最終的にはあの伝説のPatty Smithとサンバーストの物はTelevisionnのTom Verlaineに使用されました!

Jazzmasters

彼がお手本の様なストラトプレイヤーになる前は、”本物”のフェンダー系ブルースマンには大罪になる罪を犯すのを常に楽しんでいました。Jazzmasterを使っていました。

あの”盗まれた”Duo-Sonicを覚えていますか?シンガーでIsley Brotherの創始者、O'Kelly Isleyがヘンドリックスに新しいギターをあげますが、それが後に幾つかジミの手の内に入るJazzmasternの1つになります。

Pre-CBSのサンバーストJazzmasterを弾いているジミ

最初のJazzmasterはpre-CBSのサンバーストのモデルにソープバーピックアップの搭載されたモデルで、後にLittle Richerdや他のツアーのメインギターになります。ジミは彼のストラトを逆さまにして現を張ったのと同様にこのギターを演奏しました。しかしストラップボタンは弾き易さの為に移してあります。噂ではケースを所有してなくて、実際に裸でギターを持ち歩いていたとの事です。

Jimi Hendrix GearにはヘンドリックスはこのJazzmasterを65年の10月に家賃を捻出する為に質に入れたと有りますが、65年の11月頃までに撮られたと思われる写真には彼はこのJazzmasterと一緒に写っています。ですのでBetty Jeanを最終的に手放す前に行なったのと同様、このJazzmasterを一旦質に入れて、後に取り戻している可能性が有ります。この時代にヘンドリックスはまだ世界的に有名では無かった為行方が分からなくなっていると思われていましたが、つい最近にニューヨークのRudy's Musicが所有している事が判明致しました。

ジミと彼の白いJazzmaster

同じ時期の65年後期から66年に入る事、ヘンドリックスは度々白いマッチングヘッドストックのJazzmasterをCurtis KnightとWilson Pickettと演奏している写真を撮られています。あの右利きのサンバーストのJazzmasterの様に、普段のヘンドリックススタイルの弦を逆さまに張った物です。ヘンドリックスがこの白いJazzmasterを所有していた可能性を写真から予想出来ますが、これが借り物だった可能性も有ります。私達の話の通り、ヘンドリックスはギターを亡くす(次々と他のギターを借りる必要も)癖が有りました。この白いJazzmasterは普通に彼の所有物で無かったと。

ジミの次のJazzmasterはこの記者にとって個人的にもう少し思い入れの有る物で、ジミにとってもだと思います。

ヘンドリックスが一度成功を手に入れてからは、新しいギター探し求め実際に個人的にギターをお店から買い始めます。その一例がXavier Universityで行なわれた(Seymour Duncanがこのライブを見ていたのは有名な話で、有名な話ではない所では私の父、Edward Hopkinsも観客の一人でした)神話的なライブの少し前に、1968年3月28日にオハイオ州のシンシナティで購入された1965年製のフェンダーJazzmaster(シリアルL84620)です。

2回行なわれたXavier Universityでのライブの内の1つで、最終的に彼の新しいJazzmasterで最後までライブを演奏する前に、ヘンドリックスが彼のストラトの弦を2回切ったのが記されています(しかもお客が待っている中で自分で弦を交換しています)。

このギターはヘンドリックス自身がレコーディングの為に買った物だと記録が残っていますが、後の複数のライブで使用しています。Steven Seagalが現在所有していると思われます。

Jaguar

ヘンドリックスと彼のoffset達のさらに興味の有る事例の1つはJaguarです。1つだけ。

借り物のFenderジャガーを弾いているジミ

ヘンドリックスは複数のジャガーを演奏している写真を撮られていますが、それが故にどのジャガーが実際に彼の物か?という謎が生まれています。私達のリサーチによると、ジミはローリングストーンズのBrian Jonesから1966年にもらったジャガーのみの所有となっています。最終的には有名なローディーのTappy Wright(複数の忘れられたヘンドリックスのギターも)の手に渡っています。

という事で、ジミ所有のジャガーは黒の(青っぽい色彩が入ったもの)CBS時代の物でブロックインレイとマッチングヘッドストックです。この写真のジミ・ヘンドリックスの写真で演奏されている青のCBS期、ドットインレイのジャガーは現在得られる情報によると借り物だそうです。

世間に最も出回っているこの借り物のギターの写真は、ご覧の通り右利きで弦もそのままです。それが示すのが、ヘンドリックスはこのギターを右利きのギターリストからその場で借りて、普段のジミそのまま(通称bad motherf*****)でいた時に誰かに撮られた物です。

このジミのギターが現在売られているそうで、もし$125,000有ったら貴方の物になりますよ!

Acoustic/Bartell Black Widow

もしヘンドリックスの忘れられたギター達を実際に弾いた事が無ければ、どれがお気に入りになるかは難しい所ですが、彼のアコースティック/Bartell Black Widowの裏話は控えめに言っても忘れられない物でしょう。

ジミが彼のAcoustic/Bartell Black Widowを弾いている所

でもその話をする前に、このギターが実際Acoustic社製かBartell社製のどちらのブランドなのかと少しばかりの混乱が有ります。 どのメーカーか完全に判断する様な写真が数多く存在する訳でも無いのですが、製造されていた時期や以下の特徴、22フレットのネック、2個のFホール、長く伸びたヘッドストック等でこれがBartell社製と分かります。面白い所では、Experience Hendrix LLCから盗まれたと言われていたこのギターがオークションに出た際の法的論争では、このギターはAcoustic社製とされていました。

Tape Opマガジンとのインタビューによると、左利きのギターリストHarvey Gerstが実質的に4つ床に並んだジミの右利きの白いフェンダーのストラトから1つをトレードで、後にジミの物として評価さてるBlack Widowとトレードする様に仕向けられました。ヘンドリックスーもしGerstの話を信じるなら ーBalck Widowを凄く気に入り、レコーディングで常に使用する様になった。彼がTape Opのインタビューで語っています:

”彼に幾つかの物を見せ終わった時に、彼が手の伸ばして来て「くれ」って。それで彼があれを弾き始めたんだ。録音が始まって俺は「何で俺はギター弾くんだろう?」って。彼の演奏が終わって、彼のアンプの質問に全て答えてこう言ったんだ「もう出なきゃいけないから、俺のギター返してもらっていい?」。そしたら彼は「俺のギターだ」って。俺は「いや、それは俺のギターだよ」って。彼が笑い始めてこう言ったんだ「もう違うよ!それは俺の物!」。で俺は「ちょっとさ、俺はセースルマンじゃないんだから。Sweetwatertってバンドで演奏してるんだ。(これを手放したら)何を使えばいいんだよ?」って言うんだけど。彼は彼が持っている四つのストラトが横になってる床を指差してこう言うんだ。「ご自由にどうぞ!」って。勿論俺は同じBlack Widowが欲しかったよ。Steve Marksに電話して事情を説明したんだ。彼は「彼が欲しいって?あげちゃいな!心配しないでも又同じのが戻ってくるから」って言うんだ。俺はジミのストラト使う為に1つもらって。馬鹿だからサインもらうのを忘れちゃってさ。これツアーで使うけど大嫌い!”

Gerstによると、彼は後にストラトを勘違いしてたヘンドリックスに返します。ただ単にジミがトレードをする手立てだったんですが。後にGerstはヘンドリックスが所有していたストラトキャスター達がオークションに出されたのを見て明らかに後悔しました。

1956年製ギブソンレスポールカスタム

通常のヘンドリックスのギターでは無いと決められた他のギター:ハードテールのレスポールです。しかし実際にジミ・ヘンドリックスは黒のハードテールの1956年製のレスポールカスタム(シリアル#611854)を所有していました。

1956年製のギブソンレスポールカスタムを弾いているジミ
(Photo by Garry Howard)

Jimi Hendrix Gearによると彼は1968年の4月に最初のギターを購入しました。この年の間の所々でレスポールを使い、Flying VとSGも試して使用していました。彼がこのギターを他のギブソンのギターを使っているのと同様、ライブの"Red House"で使用しているのが撮影されています。もっとブルースに寄った音を追求していた為、スタジオ作業でもレスポールを使用していた可能性も有りますが、未だに確認はされていません。

ここで紹介された他の忘れられたヘンドリックスのギターと同様に、このギターにも混乱があります。特に彼がこのレスポールを手に入れた時は彼が軍隊に入隊していたときの仲間でミュージシャンの、Larry Leeが所有していた物でした。

ヘンドリックスがLarry Leeの助けを得て黒のレスポールを62年に入手したと言われてますが、実際はLarry Leeがレスポールを購入しました。このLarryが入手したギターは実際はビグスビー付きの1955年製のレスポールカスタム(シリアル#56043)で、後にあの忘れもしない1969年のWoodstockの際に、彼がリズムギターとして参加した時に弾いていた物です。ヘンドリックスに直接所有されていいなかった物ですが、Experience Hendrixがこのレスポールを1991年に$19.800で購入しています。

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